地球ING・進行形の現場から 第24回 若者の薬物・アルコール依存
地球ING・進行形の現場から 第24回 若者の薬物・アルコール依存
http://mainichi.jp/articles/20160119/ddm/004/070/014000c
毎日新聞
2016年1月19日 東京朝刊
2カ月前に入所した男性(18)は14歳のときに薬物に手を出した。学校の寮で友人にボトルに詰めたガソリンの吸引を勧められたのがきっかけだった。間もなく酒や大麻もやるようになり、トイレや林の中で仲間たちと隠れて吸った。「嫌なことを全部忘れられた。その時だけハッピーになった」
北部プナカ出身。近くに学校がなかったため、7歳から寮生活を始めた。当時は「幸せな人生」だったが、2年生のときに父が浮気して家を出た。母は再婚し、継父との間に妹も生まれたが、寂しさは埋まらなかった。家庭の問題や将来への不安。こうした要因が重なってますます薬物に頼るようになり、一日たりとも手放せなくなった。リハビリセンターは家族の紹介で知り、薬物を断つ最後のチャンスだと思って入所した。「人生の過ちだった。後悔している。治療して勉強を続けたい」
警察の統計では、14年に薬物事件で検挙されたのは711人(前年比26%増)で増加傾向にあり、このうち6割以上が24歳以下だった。人口1万人当たりの検挙人数は9人余りで、日本(概算で1万人当たり1人程度)の9倍以上だ。11歳から大麻を吸い始めたティンプー出身の男性(19)は「中学校では約30人のクラスで、3分の1ぐらい大麻をやっていた」と語る。
ブータンでは、ヘロインや覚醒剤などのいわゆる「ハードドラッグ」は少ない。若者たちが使うのは、国内に自生する大麻やインドから密輸される鎮痛剤だ。麻薬規制庁のドルジ・ツェリン氏によると、錠剤はインドで8錠50ヌルタム(約90円)で仕入れたものがティンプーで1錠250ヌルタム(約450円)程度で売られている。ツェリン氏は「マフィアのような大きな組織はないが、個人のネットワークで広がっている」と話す。
若者はなぜ薬物に走るのか。「経済発展で競争社会となり、若者のストレスが増えている」。リハビリセンターを運営するNGO「CPA」事務局長で、自身も薬物依存を経験したツェワン・テンジンさん(39)はこう指摘する。
ブータンは1999年、テレビ放送とインターネットサービスが始まり、外国の情報が入るようになった。03年には携帯電話も登場し、今はスマホでフェイスブックを利用する若者も珍しくない。テレビやネットで首都の情報に触れ、憧れを抱いて移住するケースも多く、郊外ではマンションの建設ラッシュが続く。
しかし、首都でも政府や企業の雇用人数は限られており、仕事につけない大卒者も多い。世界保健機関(WHO)の12年統計では、人口10万人当たりの自殺者数は世界21位の17・8人で、同18位の日本(18・5人)に迫る勢いだ。テンジンさんは「高等教育を受けても仕事が少なく、若者の間で将来への不安が増している。共働きの家庭が増え、親が子供の相手をする時間も減っている」と話す。
飲酒文化が根付いていることも要因に挙げられる。東部出身の観光ガイドの男性(32)は「11歳ごろから『ヘビが酒のにおいを嫌うから飲むように』と母親に焼酎を持たされ、飲みながら学校まで通った」と語る。間もなく、たばこや大麻を始めたが、抵抗はなかったという。
ブータンは70年代、先代の第4代国王がGNHの概念を提唱した。08年に公布された憲法でも「国はGNH追求に必要な条件の促進に努めなくてはならない」と定められている。
ブータン政府は昨年、日本の国際協力機構(JICA)の協力で3回目となる全国的なGNH調査を行った。約7150人に対し、政治▽経済▽文化▽環境の4分野148項目について質問し、回答を点数化。合計点数に応じて(1)とても幸せ(2)おおよそ幸せ(3)少し幸せ(4)不幸せ−−の4段階に分類した。
その結果、(1)〜(3)の該当者は前回(10年)比1・6ポイント増の91・2%に上った。しかし、項目別では、家族や友人、隣人との関係性が希薄化しているとの傾向も明らかになり、トブゲイ首相は昨年11月の国際会議で「農村部の高齢者や都市部への移住者が抱える社会的孤立と闘う必要がある」と指摘した。
ブータンは大自然に囲まれた小さな国だ。公立の学校や病院は無料で首都にも物乞いはほとんどいない。民俗衣装や独自の礼儀などの伝統は生活の中に息づいており、相互扶助の文化も残る。JICAブータン事務所の朝熊由美子所長は「車がエンストしたら周囲の人が押してくれるような社会。大企業が少ない分、格差も少ない」と語る。
だが、社会が急速に変わっていく中、政府は若者の自殺や薬物依存など新たな問題に直面しているのも事実だ。CPAのテンジンさんは警告する。「今は確かに多くの人は幸せと言えるだろう。だが、若者の薬物やアルコール依存の問題を無視したら、GNHはきっと減っていくことになる」<ブータン・ティンプー 金子淳>
■取材後記
首都ティンプー南部の6階建てショッピングモール。国内唯一とされるエスカレーターで最上階に上がると、ゲームセンターで子供たちが熱中していた。1歳の長男を連れて遊びに来ていた装飾品店の店主、サンゲ・ツェリンさん(27)は言った。「私が子供のころは路上で遊んでいたけど、今はお金がなければ何もできない。国の発展により、これからも幸せの形は変わると思う」
恥ずかしながら、取材で初めて訪れるまで、ブータンの印象は「自然に囲まれた『最後の楽園』」というイメージだった。確かに自然豊かで美しい国だった。想像通り、物がなくても幸せそうな住民にも会った。しかし、首都は着実に発展しており、国民の生活スタイルも急速に変化していた。もちろん、豊かになるのは素晴らしいことだ。しかし、急速な発展は新たな社会問題を生み出している。さまざまな難題に対処しながら、どう国民の幸福を追求していくのか。今後のブータンの取り組みを見ていけば、学べることがあるはずだ。
■ことば
ブータン
インドと中国の間に位置し、人口は推定約77万人、面積は九州とほぼ同じ3万8394平方キロ。1907年に現王朝が支配体制を確立し、国王主導の民主化により2008年に立憲君主制に移行した。1人当たりの国内総生産(GDP)は2611ドル(14年)。長く鎖国状態にあり、今も国連安保理の5常任理事国とは国交がない。国民総幸福量(GNH=Gross National Happiness)は経済のほか、健康や精神的幸福など生活の質を測る独自の指標で、国造りの基礎に据えている。
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