ワクチンを接種しても麻疹にかかる人もいるけれど
ワクチンを接種しても麻疹にかかる人もいるけれど
http://www.asahi.com/articles/SDI201609238083.html
アピタル・酒井健司
2016年9月26日06時00分
喫煙は肺がんの原因です。さまざまな研究が喫煙と肺がんの因果関係を示しています。たとえば、たばこ以外の条件(年齢や性別や職業や民族等)を一致させた人の集団を長期間観察すると、たばこを吸う人は、吸わない人と比べて、だいたい5倍から20倍ほど肺がんにかかりやすいことがわかっています。
世の中にはどうしても喫煙の害を認めたくない人がいて、「たばこを吸わない人でも肺がんになる人もいるし、たばこを吸っている人でも肺がんにならない人もいる」などとおっしゃいます。その通りですね。でも、別に誰も「たばこを吸わないと絶対に肺がんならない」とも「たばこを吸っていると100%肺がんになる」とも言っていません。
大事なのは比較です。たばこを吸っている人の肺がんのなりやすさと、吸わない人の肺がんのなりやすさの比較です。他人に迷惑をかけないのなら、たばこを吸ってもいいですが、「たばこは肺がんの原因ではない」といった根拠のない説などを信じずに、リスクを十分に承知した上で自己責任で吸っていただきたいものです。
「たばこを吸わなくても肺がんになる人がいるのだから、たばこは肺がんの原因ではない」という主張が間違っていることは、ほとんどの方がおわかりになるでしょう。ではこういうのはどうでしょう。「ワクチンを接種しても麻疹(はしか)にかかる人がいるのだから、ワクチンには麻疹を予防する効果はない」。もちろん、この主張は間違いです。比較をしてみないとわかりません。
ワクチンを接種しても麻疹にかかる人がいる、というのは事実です。最近、麻疹が流行していますが、関西空港内での麻疹陽性者のワクチン接種歴を調べると、33人中、未接種4名、1回接種5名、2回接種12名、接種歴不明が12名でした。
接種歴不明者がすべてワクチン未接種だと仮定しても、ワクチン接種者のほうが多いわけです。このことから「麻疹ワクチンは効果ない」と言えるでしょうか?
答えは、このデータだけでは、麻疹ワクチンは効果がある、とも効果がないとも言えません。「麻疹陽性者の中のワクチン未接種者」と「麻疹陽性者の中のワクチン接種者」の割合を比較しているから、なんとなく比較しているような気になる方もいらっしゃるかもしれません。けれども、ワクチンの効果を評価したい場合は、「ワクチン接種者の中の麻疹陽性者」と「ワクチン未接種者の中の麻疹陽性者」の割合を比較しなければなりません。
仮に、麻疹に感染する機会のあった人のうち、90%がワクチン接種済みであったとしましょう。ワクチンにまったく効果がなければ、麻疹陽性者の中、ワクチン接種者の割合は90%になります。ワクチンが麻疹に感染する確率を半分にするとしても、麻疹陽性者の中、ワクチン接種者の割合は約82%になります。「90%の半分だから45%ぐらい」じゃないですよ。意外に思った方はけっこういらっしゃるんじゃないですか?
具体的な数字をおいて計算するのが理解の助けになります。ワクチンの効果がまったくなければ1000人が麻疹になるはずだったと仮定します。うち、ワクチン接種歴ありが900人、ワクチン接種歴なしが100人です。ワクチンが効果を発揮してワクチン接種歴ありの麻疹陽性者が900人から450人の半分に減りました。麻疹陽性者の合計は450+100=550人。麻疹陽性者550人中ワクチン接種者450人で、割合は450÷550≒0.818です。
ワクチンが麻疹を10分の1に減らすと仮定すると、麻疹陽性者の中のワクチン接種者の割合は約47%になります。ワクチン接種によって麻疹陽性が900人になるはずのところを90人に減ることで、麻疹陽性者の合計は90+100=190人。麻疹陽性者190人中ワクチン接種者90人で、割合は90÷190≒0.474です。
図:麻疹陽性者中のワクチン接種者の割合
実際には関空で麻疹に感染する機会のあった人のワクチン接種率はわかりません。しかし、日本人全体の麻疹ワクチンの接種率や、これまでの麻疹のワクチンの効果の研究(ワクチンは麻疹を95%防ぐ、つまりワクチンによって麻疹が20分の1になるという研究もあります)を考慮すると、麻疹陽性者の中のワクチン接種者が多いのは、もともとワクチン接種者が多いことを反映しており、ワクチンの効果がないことを示しているものではありません。ワクチンを接種したからといって100%麻疹にかからなくなるわけではありませんが、かかりにくくなります。
今回はちょっと難しかったかもしれません。最後に復習問題。
Q. 平成27年の自動車乗車中の交通事故死亡者のうち、シートベルトを着用していたのが53.9%、着用していなかったのが42.2%でした(3.9%は不明)。「シートベルトをしていたほうが多いので、シートベルトは交通事故死を減らす効果はない」という主張は正しいでしょうか?
(A. 正しくない。シートベルトの効果を評価するには、シートベルト着用者の中の交通事故死亡者の割合と、非着用者の交通事故死亡者の割合を比較する必要がある。日本のシートベルト着用率は十分に高いので、シートベルトは交通事故死を減らす効果があるけれども、交通事故死亡者中のシートベルト着用者の割合が高くなったものと思われる)。
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