たばこは老化も促進する
たばこは老化も促進する
私が禁煙を勧める理由として、これまでは肺がん発症の危険性を例に話を進めてきました。しかし、たばこが関連する病気は肺がんだけではありません。米疾病対策センター(CDC)は、全身のさまざまな病気がたばこによって引き起こされるとしています(図1)。その中から、今回は慢性閉塞(へいそく)性肺疾患(COPD)についてお話しします。
酸素ボンベが手放せなくなるCOPD
COPDは主にたばこの煙を吸うことによって起こる呼吸器の炎症の病気で、喫煙者の15~20%が発症するといわれています。たばこを吸うと、口と肺とを結ぶ空気の通り道(気道)に煙が入り込むため、異物排除の炎症反応が起こります。この連載の「『肺がんとたばこって関係あんの?』への回答」で「1日の喫煙本数×喫煙年数」で表される「ブリンクマン指数」の説明をしましたが、これが400を超えるくらいになると「慢性炎症」の状態になります。気道が狭くなり、せきやたん、息切れなどの症状が目立つようになります。また、COPD患者の肺には、気腫と呼ばれる穴が開くことがあり「肺気腫症」と呼ばれます。たばこによる慢性炎症の結果、肺の構造が溶けて穴が開いてしまった状態と考えていいでしょう。肺は、酸素を血中に送り、血中の二酸化炭素を体外へ出します。ところが、COPDが重症化すると十分な酸素を血中に取り込めなくなります。大気中に21%しかない酸素では十分でなく、体が低酸素状態に陥ってしまいます。
狭くなった気道の治療は、気管支拡張薬を用います。微細な粉の薬を吸入する「吸入薬」が主流で、炎症を抑える薬も併用することがあります。重症のCOPDでは、在宅時も外出時も酸素ボンベを携行しなくてはならず(在宅酸素療法)、生活にさまざまな制限を受けます。
COPD患者は老化が促進されている
息をいっぱいに吸って、一気に思い切り吐き出すことを「努力呼気」と呼びます。普通に息を吐き出した時の空気の量を肺活量と呼ぶのに対し、努力呼気の時に吐き出した空気の量を「努力性肺活量」と呼びます。さて、この努力呼気にはいったい何秒くらいかかるでしょうか?
答えは、青年期で3秒です(注)。ただ、努力呼気の量は3秒間で一様ではなく、最初の1秒間で努力性肺活量の70%以上を吐き出します。この量を1秒量と呼びます。実は中高年期になると、努力呼気に要する時間が長くなり、1秒量も減少します。そのため、1秒量を用いて「肺年齢」を計算することができます。気道が狭くなっているCOPD患者は、努力呼気が6~12秒程度かかり、1秒量が減少します。つまり、COPDは老化が促進された状態と考えられます。
図2は、よく禁煙啓発活動で使用される英BBCが報じた写真です。22歳の双生児の1人が喫煙者(左)で、もう1人が非喫煙者(右)だった場合、2人が40歳になった時にそれぞれ外見がどうなるのかをシミュレーションしたものです。喫煙者はしわが増えており、たばこが老化促進作用を有することが一目で分かります。実際にCOPD患者は「しわ」が多いというデータもあるのです。ここで改めて図1を見直してみると、老化と関係する病気も多いことが分かります。
ところで、ヒトをはじめとする哺乳類が排尿に要する時間は通常約21秒で、これが「若さの目安」ではないかと、順天堂大学の堀江重郎教授が「哺乳類はみんな『おしっこ21秒』の不思議」で書かれています。同じように、「努力呼気=3秒」も若さの目安と言えそうです。おしっこも、息を吐く時に出す二酸化炭素も体内の老廃物ですから、その排出が困難になる事象が共に、老化への一つの転換点となり、若返りの鍵にもなるのは興味深いですね。
まずはCOPDの認知度向上を
日本では、第二次世界大戦後の喫煙率の増加と高齢化社会を反映して、COPDの患者数は増加しています。厚生労働省の2015年人口動態統計によると、COPDは男性の死因の第8位でした。未診断や未治療の患者も多いと考えられ、今後、順位が上昇することが予想されています。COPDに関する厚労省の「健康日本21」では、喫煙率の低下とCOPDの認知度の向上が目標に掲げられています。
ほとんどのCOPD患者は喫煙者で、多くの肺がん患者と同じようにブリンクマン指数が400を超えています。また、前回お話ししたように、病気の発症には遺伝要因と環境要因がありますが、COPDは肺がんよりも環境要因が強い印象があります。禁煙が進めば、COPDに罹患(りかん)する人も減少しますし、図1に示されたその他の病気になる人も減ることでしょう。しかも、喫煙で不必要に老化を促進させることもなくなります。禁煙は良いことだらけですね。
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注:N.B.Pride、J.M.B.Hughes編集 福地義之助監訳「肺機能検査」メディカルサイエンスインターナショナル
和田裕雄
順天堂大学准教授
わだ・ひろお 1993年、東京大学医学部卒。東京大学医学部付属病院、東京大学医科学研究所、英国Imperial College London留学、杏林大学付属病院呼吸器内科学教室などで、特に閉塞性肺疾患、慢性呼吸不全などの呼吸器疾患に焦点を当てて診療・研究・教育に携わってきた。2014年より順天堂大学公衆衛生学講座准教授として、予防医学や産業医学の分野で地域や働く人たちの健康管理にも目を配っている。医学博士、内科学会専門医、呼吸器学会専門医、老年医学会専門医。
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