中国の「昭和な」たばこ事情、社会の潤滑油vs禁煙令がせめぎ合う
中国の「昭和な」たばこ事情、社会の潤滑油vs禁煙令がせめぎ合う
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2018年07月25日 06時00分更新
日本では賛否両論あるものの、受動喫煙対策は進みつつあり、愛煙家の肩身は年々狭くなっているようだ。一方、中国では受動喫煙対策や禁煙問題はどうなっているのか。中国での最新のたばこ事情を解説しよう。(日中福祉プランニング代表 王青)
昨年3月から上海では
室内の公共場所やレストランで全面禁煙
「喫煙は健康を害する」、「受動喫煙は喫煙者本人以上に健康に悪影響を及ぼす」などはもはや周知の事実で、世界的な常識である。東京都も受動喫煙防止条例が可決され、2020年東京オリンピックでは、「煙のない東京」を目指している。たばこを吸う人の肩身は狭くなる一方だ。
世界最大のたばこ生産・消費国である中国のたばこ事情はどうなっているのだろうか。
「屋内の喫煙は一切禁止」――。
昨年3月1日から上海では、室内の公共の場所、職場、公共交通機関、ホテル、レストラン(屋根があれば)などが全面禁煙となった。
その時、日本から上海を訪れた人々が、「早い!日本より進んでいる!」と驚いていたのが印象的だった。
中国の受動喫煙対策は本当に進んでいるのだろうか。
確かに、一部では日本より進んでいるかもしれないが、それは極めて限定的といえよう。そのことはデータを見れば、明らかだ。
中国は世界最大のたばこ生産と消費国である。たばこ産業は膨大であり、2000のたばこ製造企業に従業員50万人。たばこ産業になんらかの関わりを持ち、生計を立てている人は6000万人もいるといわれている。一方、喫煙者人口は3億2000万人に達し、世界の3分の1を占める。
中国では喫煙が関係する疾患で1日3000人が死亡しており、受動喫煙の被害者はすでに7億4000万人に達していて、受動喫煙で亡くなる人は年間約10万人との統計がある。
上海や北京をはじめ、中国18の都市で「屋内全面禁煙」の法律が施行。また、病院、児童施設、文化保護地域では屋外禁煙と定めた。
それにもかかわらず、膨大な喫煙人口がいる中で、あまり反発の声が上がってこない。そして、喫煙者にはストレスがあるように見えないのだが、なぜだろうか。
それは、上述以外の場所であれば、路上で“吸い放題”となっているからだ。筆者は出張などで中国へ行くたびに、いつもたばこの臭いを感じながら道を歩いている。つまり、一歩外へでれば、自然と受動喫煙の被害を受ける身となるのだ。
中国ではたばこは重要な「社交の道具」
初対面では「たばこを交わす」
実は、2005年にも中国政府が全国範囲の「禁煙令」を定めた。その後各地の地方政府も、独自でそれぞれ内容の違う禁煙条例を発表した。ところが十数年たってもそれらの効果は見られない。一部の専門家は「政府の監督と管理の怠慢だから」とか、「政府とたばこ業界の癒着である」などと指摘するが、一番大きな原因は中国の独特な「たばこ文化」が根深く、「生活のスタイル」として定着しているからだ。
まず、中国では、たばこは重要な“社交の道具”である。
初めて会った人とは、たばこを勧め合うところから始まる。そして、お互いに火をつけてあげてから、話の本題に入る。初対面でお互いの緊張を解消する「アイスブレーク」として、たばこは重要な存在になっているのだ(ひと昔の日本もそうだったと聞いているが…)。
中国語の中でも、たばこで人間関係を表現することが多い。例えば、「敬煙」(敬意を持ってたばこを勧める)、「以煙待客」(たばこで客をもてなす)、「煙酒不分家」(たばこやお酒があれば他人ではなくなる)など、いずれもたばこが人間関係で重要な役割を果たしていることの証である。
現在の中国の大都会では状況は少し変わってきたが、地方へ行くと人が集まる席では、いまだにお互いにたばこを勧めるのが礼儀である。そればかりか、たばこを吸わない男性は「あなた、それでも男なのか」と見下されるも珍しくなく、人格まで否定されそうな雰囲気だ。
仲がいい人たち同士、特に食事の席では、向かいにいる人にたばこを“投げて”勧めることも多い。投げられた側がうまくキャッチしたら、相手からの“好意”を受け取った、との合図でもある。たばこを投げられた相手は「仲間として認められた」という意味であり、日本のヤクザ映画でいえば「義兄弟」のような存在であろうか。
筆者は仕事の関係で、日本人と中国人の会食の場に同席することが多い。
大体、最初はちょっと仕事の話をし、その後少し座が和んで来たら、中国人側からは日本人側にたばこを勧め始める。お酒の勢いもあって、中国流にたばこを投げてくることも度々である。
当然、日本人はびっくりするが、たばこを受け取ると、中国人がライターで火をつけてくれる。その時点から、双方の「友好」ムードが一気に高まり、その後肩を抱き寄せ、ピースのポーズで記念写真を撮るのだ。
この時のたばこは「外交の潤滑剤」の役割を果たしているのは間違いない。
富裕層向けの数十万円の超高級たばこも
贈答品はたばこが一番無難
中国では、贈答品として、たばこが一番無難とされている。
都会は少し違うかもしれないが、結婚や引っ越しなどお祝いする際、あるいはお世話になる人へのお礼として、たばこが大活躍する。むろん、たばこを拒絶する人はいない。中国では「吸う人は買わない、吸わない人が買う」という“皮肉”を示す言葉があるぐらい、たばこは人間関係の「礼」としての出番が多い。
ちなみに、先月、筆者が上海へ出張行く直前に、上海にいる同級生から「空港の免税店でたばこを買ってきてほしい。お母さんが入院していて、主治医にあげるから」と頼まれたのであった。
「え?お医者さんにたばこを?」と、筆者は日本の感覚で驚いた。ちなみに、その時に買ったのは、赤いソフトケースの「中華」だった。
中国では、たばこが持ち主の身分や階級を表す時もある。
中国のたばこの種類の多さは世界中に類を見ない。そして、その値段もピンキリである。「日本のたばこの値段は銘柄が変わってもほとんど同じだね」というのが、来日した中国人喫煙者の感想である。
生活が豊かになるにつれ、高級たばこも増えてきている。
現在、中国のたばこ市場で流通している高級たばこは約50の銘柄があり、その値段はワンカートン600〜2300元(1万〜3万5000円程度)であるそうだ。
中国の見栄を張りたがる地域では、たばこをわざわざ人に見せるようにして吸う習慣があり、そこでは、どんなに無理をしてでも良いたばこを持ちたがる。中には、一般には流通していないが、ワンカートン50万〜70万円程度と日本や欧米では信じられないような高値で特定の富裕層向けに販売される超高級品もある。また、地域によってたばこは、ファションのようにその時の流行りの銘柄があり、皆一様に同じ銘柄のたばこを吸うのである。
ちなみに、数年前にはこんな事件も起きた。ある地方の共産党幹部が、会議に出席したとき、手元にたばこを置いていた。その会議の様子をたまたまテレビが報道した際、多くの視聴者はそのたばこに注目し驚いた。その理由は明白で、ものすごく値段の高い超高級たばこだったからだ。
たちまち「公務員の給料でこんな高級たばこを買えるわけがない。賄賂だろう」と、SNS上で炎上した。案の定、その幹部は多数の企業から多額の収賄を受け取っていたことが発覚して失脚した。このような公務員の贈収賄は“氷山の一角”であるが、偶然にもたばこは「腐敗撲滅」の有力な道具となったわけである。
たばこを吸う姿が「格好いい」
映画の主人公は喫煙シーンが頻繁に登場
たばこを吸う姿が「格好いい」と見なされ、美化されるのも一因だ。
中国で注目され話題となっている最新の映画でも、主人公や刑事らは、たばこを吸うシーンが頻繁に登場する。最近は女性の喫煙者、「女性煙民」も増えているといわれている。
このように中国でのたばこ事情は、ひと昔前の日本や欧米と同じような状況である。ただし、部分的には分煙が進んでいるため、先述したように、上海を訪れる日本人は「日本はまだ室内において全面禁煙ではないのに、上海のほうが進んでいる」と称賛する人もいるのだ。
ところで、来日した中国人は日本のたばこ事情をどう思っているのだろうか。
喫煙者に聞けば、やはり、東京都内で路上禁煙区域の多さには不便を感じるようだ。
そもそも中国では路上喫煙に規制がある場所でも「みんなで吸えば怖くない」と道で堂々吸う人が多い。一方、日本は努力義務である場所であっても、路上で吸う人があまりいないことに驚く。
また日本では、道路に喫煙コーナーやカフェに喫煙ルームがあるため「受動喫煙の影響が少なく、日本のほうが合理的だ」と思う中国人が多いようだ。同時に、たばこの自販機や、売店がたくさんあることには、一様に驚いている。
禁煙は世界の潮流
中国も徐々に禁煙が進む?
中国では「本当の」禁煙はいつとなるのだろう。
「政府は本気でたばこを禁止しようとしているのか?」との疑問の声が少なくない。政府は禁煙を推奨する立場でありながら、「たばこで多額の税収を得ている身でもある」との指摘があり(たばこ企業は国有企業であるため)、政府が「アスリートと裁判員を兼職している」と揶揄されている。
禁煙は世界の潮流である。
中国では、経済が発展している地域ほど、また高学歴であるほど、喫煙率が低いとのデータがある。ゆえに、こういった地域からは禁煙の風潮が年々高まっている。多くの国民もそれを望んでいる。そして、厳しい罰金制度を織り込んだ法令も近い将来施行されると囁(ささや)かれている(著者の見解ではかなり時間がかかると思う)。
ちなみに今年1月、ある裁判が中国で大きな話題となった。
ある中年男性がエレベーターの中でたばこを吸う高齢者の男性を注意し、口論となったが、その直後、高齢者が倒れて心臓発作で亡くなるという事件があった。高齢者の家族は、注意した中年男性を訴えたのだ。
一審では被告の中年男性が金銭的な賠償を命じられたが、その判決がSNSで炎上した。「エレベーターの中のたばこを阻止することのどこが悪い?その勇気と正義のある行為をたたえるべきだ」と多くの声が寄せられたのだ。
結局二審が行われ、被告人は無罪となり、賠償をせずに済んだ。専門家は、二審の判決は「社会の公共秩序を維持する一役を果たしたいい判例だ」と表明した。政府やマスコミの論調も「たばこを排除する社会的な流れを作らなければならない」という風潮になりつつある。
現在の中国にとってたばこは、まさに「愛して、また憎む」存在なのである。
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