マリファナ解禁「1兆円規模新産業」は是か、非か?
マリファナ解禁「1兆円規模新産業」は是か、非か?
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56030
マリファナの臭いがぷんぷんする所で、この原稿を書いています。びっくりされるかもしれませんが、事実なので仕方ないのです。
仕事で滞在しているオランダのアムステルダムで、大麻の臭いがするのは、日本国内でたばこの副流煙が流れて来るのと、だいたい似たようなものだと思って外れないでしょう。
禁止されていませんから、街で普通に、たばこ同様に人々は「喫煙」しています。
昨日は雨が急に降ってきて困っていたとき、助けてくれた親切な歩行者がありました。 温厚そうな中年男性でしたが、彼もマリファナを咥えていました。
仕事で定期的にアムステルダムに滞在しますが、おかしな煙の充満する場所で体に臭いなどついて、成田空港で麻薬探知犬に懐かしそうな顔をされても困りますので(苦笑)、私自身は喫煙所のたぐいには極力近づかないようにしています。
それでもごく普通に、副流煙状態のマリファナの臭いは街に漂っている。オランダを旅行された方なら、誰でもご存知でしょう。
コカインで起訴された芸能人が保釈されたとの続報もありました。こうした薬物、例えばマリファナが、なぜオランダでは合法で、日本を含む世界各国で禁止されているか、常識の源流探訪から始めてみたいと思います。
ナチュラル・ハイとアシッド
前回の連載にも記しましたが、1980年代半ば、作曲家の武満徹を名義監修に西武セゾン系列から音楽雑誌を創刊して、ジャンルを問わず様々な 当時としては「先端」に触れる時期があり、狭いクラシックの畑から、広い異世界を知ることになりました。
当時の東京は、いまだいくつかの合成麻薬が禁止される前で、そのため海外の「クラブシーン」から人の流入があったように、後知恵ですが、聞き及んでいます。
その当時も耳にしたのは「ナチュラル・ハイ」という言葉でした。
「大麻」のようなナチュラル、つまり自然物は、覚せい剤など化学的に合成されたドラッグ「アシッド」と違って「体にそんなに悪くない」「タバコと変わらない」「タバコより無害で、合法化の議論もある」といった話をちょくちょく耳にしました。
むしろ「体に良い」などという話すらする人がありましたが(苦笑)、私は、父親が転移性肺がんで死んでいますので、一般にこの種の煙を吸う類は原則生理的にダメで、体に良いとはとても思えませんでした。
それでも、オランダ国内の普通の風景として、マリファナはタバコ以上に社会に普及した、ごく当たり前の嗜好品になっている。
どうしてそんなことになったのか?
オランダが特別に堕落した社会なのでしょうか?
私が仕事でご一緒する、アンネ・フランク・ハウスのスタッフやアムステルダム自由大学の先生方はみな素晴らしい人格者で、およそ麻薬だ、ドラッグだといった空気とは無関係です。
オランダの高校生向けには「マリファナは良くないから、やめなさい」という指導がなされているとも耳にします。
これは言ってみれば、日本の高校生に「成人しても、体に良くないから、タバコやお酒はやめておきなさい」とアドバイスするのと、ほとんど変わらないニュアンスに聞こえます。
ことは「アルコール」とほとんど同じように考えると、非常にすっきり理解できます。
消毒用や工業用アルコールを筆頭に、医療や産業の多様な分野で様々なアルコ―ル系の物質が活用されていますし、どんなアルコールでも、人体に濫用すれば、ろくなことになりません。
「麻酔」から「麻」を考える
「麻薬」という言葉は「麻酔」と関連して理解すると、私には一番しっくりきます。
「麻」で「酔う」。
「麻酔」されれば、意識が定かでなくなり、感覚を失ったりするわけですが、仮に大がかりな開腹手術や、重度疾患の痛みを和らげる方法がなかったら、今日の高度な医療は実現していたでしょうか?
情報機器も活用された多くの先端医療、例えば脳外科の鍵穴手術のような手法は、高度な麻酔技術との併用があって、初めて可能になったといって間違いないでしょう。
近代西洋医学の「麻酔」は「anesthesia」の和訳で、「an-esthesia」はギリシャ語で「無」「感覚」の意味を持ちますから、本来的には「感覚をシャットダウンする」だけの意味です。
ところが、この「感覚無化術」に対して、明治の日本人なのだと思いますが「麻酔」という言葉を当てている。「麻」酔いという言葉は、少なくとも明治時代の日本人には、十分に受け入れられていた可能性があります。
しめ縄とシャーマニズム
麻という植物は世界各地に存在し、日本でも古くから広く活用されてきました。一番分かりやすいのは「麻縄」でしょう。麻は繊維として衣料や農作物の補完、運搬などに幅広く利用されてきました。
これだけ活用範囲の広い「麻」を、古くは日本人は神さまに近い存在としても位置づけています。「注連縄」は分かりやすい代表的な一例でしょう。
大麻比古神社(徳島)など、麻の文字を使用する神社は全国的に非常に多く、その有職故実にも麻製品が指定されていることが少なくありません。
麻の葉を乾燥してタバコのように喫すると「木こりのやわらぎ」と呼ばれるような、リラックスした状態になることは、日本でも古くから知られていたようです。
こうしたリラックス系の「ナチュラル」のほか、穀物の穂に寄生する菌が作り出す「麦角」がアルカロイドを大量に含み、世界の農耕民族の毒にも薬にもなってきたことは周知の事実でしょう。
シャーマニズム、つまり「神がかり」の変性意識を作り出すうえでも「ナチュラル・ハイ」は重要な役割を担い続けてきました。
「大麻」は麻の「花冠」や葉から精製され、ギリシャ語の「cannabis」が英語でにも転用されていますが、ラテンアメリカ諸国では「Maria Juana」から転じたマリファナの呼称、インドではガンジャとかハラス、イスラム圏ではハッシシなど、地方地方によって呼び方が異なっています。
これはつまり、「神がかり」のほか、痛みを和らげるなどの目的を含め、様々な地方で長年定着していることの証左と言ってもいいと思います。
イランのイスラム教「シーア派」は、スーフィニズムという独特の考え方で知られますが、かつてのペルシャでは聖戦=ジハードに出かける戦士がハッシシで気持ちを整える習慣があったと、イラン人の知人から教えて貰ったことがあります。
「ソフトドラッグ」1兆円新産業は、是か非か?
オランダで、大麻が禁止されていないのは、ナポレオン戦争を機に兵士によって中東からもたらされたカンナビス/マリファナが19世紀に欧州に広まり、上流階級を含む穏やかな利用が続き、おかしな濫用や、暴力団の資金源になったりする恐れがないまま、今日に至っているから、と理解するのが妥当かと思います。
薬品として用いる分には、何の問題もない植物も、嗜好品としての利用で度が過ぎれば、人の身心の健康も蝕むでしょうし、習慣性のある嗜好品はある種の資金源にもなり得るでしょう。
英国のビクトリア女王が、生理痛や更年期障害の痛みを和らげるのに大麻を用いた話は広く知られる一例と思います。
こうした背景も手伝ってのことでしょう、大英連邦の優等生、カナダが昨年大麻を解禁して、国際的に話題になりました。
これに先立って2012年には米国ワシントン州とコロラド州でマリファナが解禁され、コロラドは「スターバックスとマクドナルドを合わせたよりもマリファナスタンドが多い」などと言われる状況になり、その産業規模は10兆円スケールなどとも言われます。
カリフォルニアで「医療用大麻」が認められたことが先鞭をつけた形で、こうした合法化の傾向が2010年代に入ってから急速に進んでいます。
コロラド砂漠や寒冷なワシントン州のみならず、マサチューセッツやメーンなど東部の伝統的な州でもすでに「非医療用」の大麻は、量的な制限を設けたうえで、保持も喫煙も合法化され、各地で1兆円規模の「新産業」が創出されている・・・のは、どうやら間違いないようです。
こうした「2010年代の新傾向」を、どのように評価するかは、意見がはっきり分かれるところでしょう。
「兆」の規模の新産業創出と見る人もあれば、目を覆うべき退廃と評価する人もあります。
実際「新産業創出」という観点で「大麻」などの<ソフトドラッグ>を見直す空気は、世界的に広がっているのは間違いありません。ある種の嗜好品、酒 たばこと全く変わりがないと考えられている、とみて大枠外れないでしょう。
これをひっくり返して考えると、現在でも、厳密なイスラム戒律が適用される国、例えばサウジアラビアでは、飲酒はご法度です。
週末になるとサウジの富裕層は、橋を渡って飲酒解禁のバーレーンに急ぐ、と言った笑い話は有名です。バーレーン島は「エデンの園」のモデルとされる場所ですから、アダムとイブはお酒もOKだったということになるでしょうか・・・。
さて、何にしろ「健康のため飲み過ぎ/吸い過ぎには注意」が必要であることは間違いありません。
さらに、覚せい剤など多くの指定薬物は、連用することで脳に器質的な変化、つまり取り返しのつかないことになってしまうことが明らかで、やむを得ない治療などを除いて、およそ人体に入れるべきものではない。
マリファナが解禁されている国や地方があったり、なかったりする背景には、こうした節度への自制が利くか? 利かないか? という違いがあるのかもしれません。
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