禁煙法の制定はあり得る? 高まる禁煙ムードと“国営”企業JTの思惑
禁煙法の制定はあり得る? 高まる禁煙ムードと“国営”企業JTの思惑
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2019.08.10
東京オリンピック開催前の2020年4月、改正健康増進法が全面施行される。
今年7月1日から一部で施行されており、すでに学校、病院、行政機関の敷地内が原則禁煙となった。そして来年4月の全面施行によって、飲食店、オフィス、鉄道施設、ホテルのロビーなどの多くの人が利用する施設は、原則的に屋内禁煙となる。受動喫煙対策が強化されており、悪質な違反者には罰則が科せられる厳罰化された内容が話題となっている。
こうした流れを受けてか、損保ジャパン日本興亜ひまわり生命保険は、今年の4月から全社員に就業時間内の禁煙を求めているうえ、2020年の春入社の社員は喫煙者を採用しないと発表したことが物議を醸した。
喫煙者にとっては、気軽にタバコを吸えない、就職もできない……という非常に世知辛い世の中になりつつあるが、今後タバコをめぐる社会事情はどのように変化していくのだろうか?
国立がん研究センターに所属し、著書『本当のたばこの話をしよう 毒なのか薬なのか』(日本評論社)も上梓している片野田耕太氏に解説してもらった。
片野田 耕太(かたのだ・こうた)
東京大学法学部を卒業後、同大学院医学系研究科に進学、脳科学の研究を行う。2005年より国立がん研究センター(旧国立がんセンター)研究員となり、たばこの健康影響とがんの統計の分野の研究活動に携わる。2017年より、がん統計・総合解析研究部長として、たばこ対策、がんの統計、がん教育など幅広い分野での研究活動を行っている。著書に『本当のたばこの話をしよう 毒なのか薬なのか』(日本評論社)などがある。
国立がん研究センター
かつては日本男性の80%がタバコを吸っていた
まずは、過去と現在の喫煙率の変化について。
「JT(日本たばこ産業)全国喫煙者率調査によると、日本で喫煙率が一番高かったのは1965年で、男性の約80%が喫煙していたという報告があります。また、国民一人当たりの消費本数が一番高かったのは、総務省統計局の労働力調査のデータを見ると、1970年代後半の“年間約3500本”がピーク。そこから喫煙率は下がり続けています。
ですが、60年代後半から70年代にかけては、喫煙率がピークであるのと同時に、明確に喫煙が健康被害を引き起こしている、と公表されてきた時代でもありました。1964年にアメリカの政府機関の公衆衛生総監(Surgeon General)が、たばこの健康リスクをまとめた報告書『喫煙と健康』を発表。これは政府関係機関が公にたばこと肺がんの因果関係を認めた事例で、喫煙者たちへの健康意識に大きな影響を及ぼしました」(片野田氏)
こうした時代以前は、タバコの健康被害の意識はなかったのか?
「あるにはありましたが、タバコを売る側の戦略として“健康被害は明確ではなく、反対意見もある論争状態だ”という風潮を維持してきたことと、タバコ業界がスポンサーとなって、映画やテレビで“喫煙は大人の階段”的イメージを流布したことも、禁煙意識の低さの要因だったと思います。
日本でも欧米諸国同様、テレビの影響もあり、70年代を中心に不良が大人ぶる道具としてたばこがもてはやされました。ですが、2003年に施行された健康増進法の影響で、学校で防煙教育をするようになり、“タバコを吸うのはよくないこと”という意識が広まり、喫煙率は下がってきたのです」(片野田氏)
そもそも、喫煙は健康にどのようなリスクをもたらすものなのだろう。
「肺、食道、胃、肝臓、膵臓、膀胱がん、さらに心臓病や脳卒中にも悪影響があります。がん以外でみなさんにあまり周知されてないリスクを挙げるとすると、糖尿病を患う可能性も高めているんです。これだけ多岐に渡る健康被害がある原因は、たばこが何か一つの成分を抽出しているのではなく、何千種類もの化学物質の集合体を燃やしているからなのです。さらに、ある種自己責任である喫煙者本人だけではなく、“受動喫煙”にも肺がん、虚血性心疾患、脳卒中のリスクがあります」(片野田氏)
禁煙先進国オーストラリアでも非喫煙率は約90%、日本は約70%
禁煙の気運が高まるなかで、さまざまな政策や措置が取られている。
「禁煙措置の流れが加速してきたのは、WHOによって2005年に発効された『たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約』に日本も参加したことが大きいです。値上げ、公共の場所の禁煙、たばこのパッケージに禁煙を促す注意文を入れるなど、その条約内容はさまざま。日本ではまだですが、広告やスポンサーシップの規制も条約に含まれています。日本ではいまだにコンビニでたばこの販売促進が堂々と行われているなど、国際基準には及ばないですが、こうした条約の制定が日本での禁煙指向への大きな流れを作ったと言ってよいでしょう。
また、2020年の改正健康増進法で罰則が設けられることになったのも大きいです。さらに東京都では、働く人の健康リスクを考慮し、“従業員を雇っている飲食店は原則禁煙にしなければならない”という条例も作りました。これにより東京はほとんどの店が禁煙になる可能性があります。例外的にカフェチェーン店の喫煙ルームなどは残してもいいそうですが、そこも以前のような飲食は不可となり、立って吸う“喫煙スペース”的なものになるとのこと。禁煙姿勢は徹底的です」(片野田氏)
規制を進めていく先には、“喫煙禁止法”の制定もあり得るのだろうか?
「実は世界でもたばこの非合法化はブータンくらいで、禁煙先進国であるオーストラリアやスウェーデンでも非喫煙率は90%ほど。世界的な禁煙ブームとなっているものの、ほとんどの国が“禁止”までは踏み切っていないのです。先進国の中では禁煙後進国と言える日本では、非喫煙率は約70%。そんな状況で急に完全禁煙にしてしまえば、おそらくは密輸や裏取引が蔓延し、反社会勢力の資金源になってしまう恐れも大いにあるでしょう。
また、別の視点から言えば、たばこ税による年間の税収は約2兆円もあることが、政府がタバコを全面禁止にできない理由となっています。さらに現・財務大臣の麻生太郎氏はJT株の約3分の1も保有する大株主で、その配当金は年に約1000億円にものぼると言われています。そうした思惑が絡み合い、国はタバコ産業を手放せないのでしょう。これには昭和59年に制定された『たばこ事業法』という法律も関係しています。この法では、“たばこ産業の健全な発展・たばこ税の安定的な確保”が挙げられているため、タバコ産業の育成があくまで法に基づいた活動という大義名分があるのです」(片野田氏)
実質的“国営”のJTだが…実は、民間的な自由経営を望んでいる?
そもそも、日本のたばこ業界と切っても切り離せないJT (日本たばこ産業)とは、どういう存在なのか?
「JTとは、1985年に日本専売公社が民営化してできた日本たばこ産業株式会社のことです。JTには国産葉タバコの全量買い取りが義務づけられており、さらに国内で唯一タバコ製造の独占が認められています。民営化したとはいえ、財務官僚の天下り先にもなっていると言われており、実質的には“国営の会社”といっても過言ではないでしょう。
とは言え、実はJT側はこうした体制から脱却して、自由な経営を望んでいる可能性もあります。現在は国内で生産したタバコの葉をすべてJTが買い取らざるを得ず、高い国内産を買い続けることが重荷になっているためです。タバコ農家は楽に栽培ができるうえ、JTの買い取り制度があるので安定した収入が得られますが、JTからすれば喫煙率が下がっている昨今、この買い取り制度はキツいでしょうね。国営時代に国が産業を支えることで、安定した税収を得ようとした名残と言えるでしょう」(片野田氏)
最後に、今後のタバコ業界について予想していただいた。
「業界としては世界シェアの90%以上が日本であるアイコスや、プルーム・テック、グローといった加熱式タバコの普及により力を入れていくはずです。禁煙化の流れについては、改正健康増進法の施行も控えており、喫煙率の減少は今後も続くでしょう」(片野田氏)
愛煙家にとっては厳しい未来予想となってしまったが、片野田氏は「禁煙政策はたばこを止めたい人の支援とセットにしないと、単なる喫煙者いじめになってしまうため、楽に禁煙できるサポートの充実もあわせて進めていくべき」とも語ってくれた。 “個々の禁煙努力”に任せず、禁煙サポートやケアをしてこそ、日本が禁煙後進国から脱却する日が近づくといえるだろう。
(文・取材=TND幽介[A4studio])
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